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東京高等裁判所 昭和41年(行コ)32号 判決 1969年5月27日

控訴人(原告) 輿水斌

被控訴人(被告) 藤沢税務署長

訴訟代理人 横山茂晴 外三名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。昭和三九年七月八日付被控訴人が控訴人に対してした、昭和三七年分所得税の更正および過少申告加算税賦課決定に対する控訴人の異議申立を棄却する旨の決定を取り消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述および証拠関係は、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

理由

一、職権をもつて按ずるに、行政事件訴訟法は取消訴訟に行政処分取消の訴と裁決(異議申立に対する決定を含む、以下本項において同じ)取消の訴とがあることを前提とし(第三条)、別段の定めがないかぎりその両者の訴の提起が当然に可能であるとしているようである(第二〇条、第一〇条)。しかも、同法は一方において、処分取消の訴と裁決取消の訴との提起期間を同一にしている(第一四条第四項、第一項)から、処分につき裁決を経た場合には、処分取消の訴と裁決取消の訴とが同時に提起されることも予想される理である。そして、このように、両者の訴が同時に係属した場合でも、裁判所はもとよりこれを各別に審理し、また、各別の判決を下すこととなるわけであるから、その判決が実質上相牴触する場合の生ずることを免れない。審査請求を棄却した裁決取消の訴においては、処分の違法を理由としてその取消を求めることができないから(第一〇条)、これについての判決と処分取消の訴についての判決との間に形式上の齟齬を生ずることはないけれども、右の裁決が判決により取り消されて異議申立または審査請求の段階に戻つた場合には、処分取消の訴において取消事由がないとして処分が判決により支持された場合でも、その処分はふたたび異議についての決定または審査請求についての裁決を経てさらに訴によつて争われる結果を容認することとなるからである。もちろん、裁決が取り消され裁決庁が再度の裁決により原処分を変更した場合には、その変更処分は新たな処分であるから、これに対してさらにその取消の訴が提起されたとしても、これについての判決とさきの原処分取消の訴についての判決とが牴触するという問題は生じない。しかし、裁決取消の判決により裁決庁が再度審査請求を棄却する裁決をした場合に、当事者がさらに原処分に対して取消の訴を提起することができるとするときは、原処分について二重の訴の提起を許容することとなり、これについての判決は前後牴触するということも考えられるのである。しかし、同一処分に対し二重の訴訟の提起を許すことは、国家意思の分裂を認めることとなるから、行政事件訴訟の場合といえども法はこれを許容しないものと解さなければならない。とすると、すでに処分取消の訴訟が係属している以上、審査請求を棄却した裁決取消の訴において、これを取り消す判決があり、これにより裁決庁がさらに審査の結果ふたたび審査請求を棄却する裁決をした場合には、少なくとも当事者はもはや原処分取消の訴を提起することができないものと解すべきではないかと考える。

しかし、遡つて問題となるのは、すでに裁決を経て処分取消の訴が提起された場合に、なお、裁決自体の取消訴訟を認めることが妥当かどうかである。処分に取消事由があるかどうかは結局処分取消の訴において確定されるものであつて、裁決取消の訴で確定されるものではない。それ故に、仮りに裁決取消の訴において裁決が取り消されたとしても、すでに原処分の実質上の適否が訴で争われている以上、裁決自体を取り消す利益はもはや失われるものと認むべきである。これに対し、処分には判決に認められるような確定力はないから、裁決が判決により取り消されるときは、裁決庁は改めて処分の実質的適否を審査してこれを変更することの可能性もあり、したがつて、処分取消の訴が係属中でもなお裁決取消の利益は失われないとする見解がある。しかし、かかる見解は皮相な見解であつて是認しえない。行政庁が処分を二、三にすることは、国家意思の分裂を示すものであつて妥当ではない。のみならず、処分につき行政庁に対する不服申立、さらに訴の提起という慎重な不服申立方法を認めながら、さらに別途にその処分の実質的適否につき行政庁の審査を強要する結果を認めることは、屋上屋を重ねるの愚を犯すものであつて、むしろ有害である。このことは、たとえば、処分取消の訴の係属中裁決取消の訴において裁決が取り消されたため裁決庁がふたたび裁決し、その後さらに原処分または裁決による変更処分に対してその取消の訴が提起された場合を考えれば明らかである。この場合、前訴と後訴との調節をどのようにするか、さらに、右の再度の裁決に対しても重ねてその取消の訴が提起された場合はどうか。処分と裁決との双方の取消の訴を認める結果は、訴の二重、三重の重複を呼び収拾のつかない事態を招くと思うのである。それ故に、もし、処分取消の訴のほかに裁決取消の訴を認むべきものとするときは、裁決の確定をまつて処分取消の訴を提起しうるもの、すなわち、裁決取消の訴の提起期間経過後またはその訴についての判決の確定後でなければ処分取消の訴を提起することができないものとしなければならないはずである。しかるに、法は前記のように裁決取消の訴と処分取消の訴との提起期間を全く同一としているのである。

二、国税通則法第八六条は同法等に別段の定めがある場合のほかは訴訟につき行政事件訴訟法その他一般行政事件訴訟に関する法律の定めによるものと規定して国税通則法上別段の規定は存しないから、国税に関する処分についても前項で述べたことはそのまま当てはまる理である。のみならず、国税に関する処分については異議申立および審査請求のいわば二審制の不服申立方法が認められているから、異議申立についての決定に対してもその取消の訴を認めることとなり、同一処分に関連する訴の錯綜関係は前項の比ではない。このことは、異議申立棄却決定に対する訴が重複する(その決定が判決で取り消され、再度または再々度の異議申立棄却決定も同様に取り消される可能性を否定しえないから)だけでなく、その取消判決の都度処分庁の決定、さらに審査請求したがつて裁決が繰り返され、また、その裁決に応じてその取消の訴および処分取消の訴の提起が可能となることから明らかである。しかも、一方において、法は異議申立について形式的瑕疵の存する決定があつた場合でも、決定を経たものとして処分に対する審査請求したがつてこれについての裁決を許容し、その結果その裁決の取消および処分取消の訴を認めることとなるのであつて、同一処分に関連する訴訟は限りなく重複しうるのである。このような事態を法ははたして予想していたのであろうか。

そもそも、行政処分につき行政庁に対する二審制の不服申立方法を認める場合には、その処分に関連する訴訟は右の二個の不服申立手続を経た後にのみその提起が認められるものと解するを当然とする。そうでないと、一方において行政庁に対して第二審的不服申立(審査請求)をするとともに、他方において訴の提起を認めることとなり、不服申立手続の複雑化を招くだけでなく、時に国家意思の分裂を惹起せしめるのである。行政不服審査法第二〇条、国税通則法第八七条第一項の法意に照らすときは、処分取消の訴については正に右の理が採用されているものと解せられる。異議申立棄却決定と裁決との間には第一、二審の関係はないけれども、裁決が実質上決定の第二審的性格を帯びていることは疑がなく(決定の当否を審査しないで処分の当否を審査することはできない)、したがつて、法がいかに原処分主義をとつているとはいえ、異議申立棄却決定後審査請求をすることを認める以上、右の決定自体に対してさらにその取消の訴の提起を認むべき必要はないものというべきである。のみならず、これを理論的に見るも、審査請求は異議申立についての決定を経た後なさるべきものであるから、決定自体に対してその取消訴訟を許容するときは、その取消判決により決定は法律上未だ存在しないこととなり、したがつて、審査請求は結局決定前になされた不適法のものであつて、ひいて裁決も不適法に帰するものというのほかはない理である。もとより、異議申立についての決定に対してその取消の訴が提起されたため、異議申立後三ケ月を経過したとしても、国税通則法第八〇条第一項第一号により審査請求をしたものとみなされることのないことは当然である。しかるに、同法第七九条第一項は異議申立についての決定の通知を受けた後一ケ月内に審査請求をなすべきものとしている。すなわち、異議申立棄却決定に対して訴の提起を許すものとするときは、その提起期間は決定のあつたことを知つた日から三ケ月とされているから(行政事件訴訟法第一四条)、決定の確定前に審査請求をなすべきものとしているのである。このことは、法が異議申立棄却決定に対しその取消を求める訴を予想していないことを示すものではないかと考える。これに対し、審査請求はいやしくも異議申立についての決定がある以上、その決定が後日取り消されると否とを問わず、その後一ケ月内にこれをなせば足りると解することは、審査請求手続が異議申立手続の第二審的性格をもつものであることを無視した論であつて、かくてはなんのために審査請求手続に異議申立手続の前置を要求したのかを理解することができないこととなるであろう。また、これを実質よりみるも、異議申立棄却決定に対する取消訴訟の終了前に審査請求したがつて裁決が許されるとするときは、裁決のあつた後異議申立棄却決定が確定判決によつて取り消された場合には、異議申立のある段階に立ち戻る結果、処分庁はふたたびこれについて決定をし、その決定後の処分に不服ある場合にはこれにつきさらに審査請求したがつて裁決をすることができることとなり、同一処分(第二次の異議申立棄却決定があつた場合)につき二重の裁決を強いられる結果となる場合の生ずることを免れない。この結果に対しては、あるいは旧裁決は第二次の審査請求について審査庁を覊束する効力がないから当然であるとしてこれを是認する見解があるが(当庁昭和四一年(行コ)第一四号、第一五号、第一六号事件同年一〇月二七日云い渡しの判決参照)、この見解はあまりに形式に過ぎ当裁判所のとらないところである。もし、これを是認するときは、裁決の取消を求める訴においてその請求を棄却した判決が確定した後でも同様であるというのほかないであろう。しかし、かくては異議申立についての決定の確定前になんのために裁決取消の訴を認める必要があろうかといわざるをえない。いずれにせよ、決定取消の判決があるときは、再度の決定後重ねて審査請求をしてふたたび裁決をうることができるからである。それ故に、処分につきすでに実体的裁決を経た後は異議申立棄却の決定に対する取消の訴は、本件原判決の説くごとく、その利益を失うものと解するを妥当とするのではないかと考える。しかし、その結論が理論的に不当であることは疑なく、その根源は異議申立棄却決定の確定前に審査請求を許容する点にあると思うのである。しかし、法は前記のごとく、異議申立棄却決定のいわゆる確定前に(取消訴訟が許されるとすれば)審査請求をすることを許している。ということは、異議申立棄却決定に対してはその取消の訴を提起することができないとした趣旨と解すべき根拠となるのではあるまいか。

三、思うに、法が処分に対する不服申立につき原処分主義をとつた結果、決定、裁決をそれぞれ裁決、訴の前審的処分と見ず、ために前者の不服申立手続の終了前に後者の不服申立手続ひいて訴訟手続の開始を認めている。しか し、法はその反面においてそれぞれの不服申立手続における決定、裁決に対し無反省に独立の不服の訴を認めるかのごとくであるため、両者の訴訟相互間の調整につき解決しがたい混乱を生ぜしめている。法のこの不備を思うとき、多少立法論的になるとの非難を冒しても、その不備を解釈によつて補うべきではないかと考える。ところで、その方法には二とおりあると考えられる。その一つは、異議申立または審査請求についての決定または裁決の確定後でなければ審査請求または訴の提起をすることができないとすることであり、その二つは、少なくとも異議申立についての決定に対しては訴を起すことができないとすることである。この二つのうち、前者は行政事件訴訟法第一四条、行政不服審査法第一四条、国税通則法第七九条の規定の趣旨から無理ではないかと思われる。けだし、法が処分に関し異議申立および審査請求の二審制的不服申立方法を認めたのは、まず、処分の当否を専門庁をして速かに審査せしめるを可としたためであると察せられるから異議申立についての決定または審査請求についての裁決の確定後でなければ、審査請求または訴の提起が許されないと解することは右の審査を遅延せしめ、右の各法条の規定の趣旨を没却せしめるからである。これに反し、後者はむしろ法の趣意に副うものと解しうる。けだし、処分に関連する訴訟は行政庁の審査手続を経た後人権擁護のための最後の保塁として登場すべき性質のものであるだけでなく、異議申立についての決定の段階において訴訟を許すときは、そのために処分の当否を審査し、処分を速かに確定せしむべき手続が遅延し、法が異議申立、審査請求の二個の手続を認めた趣旨に反するからである。しかも、かかる訴を許す結果は場合により二重三重の審査請求ひいて訴訟を許容することとなるか、ほとんどの場合は異議申立棄却決定に対する取消の訴の利益が失われ、かかる訴を認めてもその実益は事実上存しないこととなり(異議申立についての決定取消の訴における判決は、事実上必ず審査請求についての裁決より後れる)いずれにせよ不当の結果となるのである。とすれば、国税に関する処分に対する異議申立を棄却した決定に対しては、その取消の訴を提起することができないと解するを妥当とするのではあるまいか。

四、以上屡述の理由から、当裁判所は本件異議申立棄却決定に対する取消の訴はその余の判断を待つまでもなく不適法と解するものであるが、原判決はその理由を異にするにせよ、本件の訴を不適法とした結論においては当裁判所とその軌を一にするから、本件控訴を理由なしとしてこれを棄却すべきものとする。よつて、控訴費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用し主文のとおり判決する次第である。

(裁判官 長谷部茂吉 鈴木信次郎 麻上正信)

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